歴史

世界遺産登録に向けて、日本最大級の”前方後円墳”「仁徳天皇陵」採掘調査開始!

投稿日:

 宮内庁と堺市は、来年の世界文化遺産登録を目指している

「百舌鳥・古市(もず・ふるいち)古墳群」の一つ、

仁徳天皇陵=大山(だいせん)古墳=の適切な保全のため、

墳丘を二重に取り囲む堤のうち、内側の第1堤の一部

10月下旬から発掘調査すると発表した。

宮内庁は、陵墓への部外者による立ち入りや調査を

「皇室の祖先の墓であり、静安と尊厳が必要」

として厳しく制限してきた経緯があり、

前例のない画期的な試みとなる。

引用:産経新聞

調査開始に至った経緯は?

宮内庁から要請を受けた堺市が調査に協力するという形。

調査は同古墳の今後の保全整備計画を策定する上で

必要な基礎資料を収集することが目的で、

宮内庁が管理する墳墓の掘削を伴う調査に

同庁以外の関係者が参加するのは初のケースとなる。

 

宮内庁が堺市に協力を要請した理由

「堺市には周辺の古墳・遺跡の発掘調査などで知見がある。

陵墓を一層適切に管理していくには、そうした地元の協力が欠かせないと判断した」

(宮内庁担当者談)

「仁徳天皇陵の内部は堺市関係者にとって未知の世界。

調査の成果を共有できることはもちろん、陵墓の劣化がどのように進み、

どのように保全していったらいいのかといった

宮内庁のノウハウを知られることの意義は大きい

(堺市担当者談)

「仁徳天皇陵」とは?

陵(みささぎ)は、宮内庁により大阪府堺市堺区大仙町にある

百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)に治定されている。

宮内庁上の形式は前方後円。遺跡名は「大仙陵古墳(大山古墳)」で、

墳丘長486メートル前方後円墳である。

 

陵名の由来は?

陵墓造営中に野から鹿が走り込んできて絶命。

その鹿の耳の中からモズが現れたことから

地名を「百舌鳥耳原」と名づけられる。

また、この古墳の北と南にも大古墳があり

(北陵は反正天皇陵、南陵は履中天皇陵)、

「中陵」と名づけられている。

引用:Wikipedia

 

所在地

 

前方後円墳とは?

古墳の形式の1つ。

円形の主丘方形の突出部が接続する形式で、双丘の鍵穴形をなす

 

日本列島に広く分布し、その数は約4,800基とも約5,200基ともいわれる。

前方後円墳の存在が明確でないのは、北方では北海道青森県秋田県

南方では沖縄県の計4道県にすぎない。

建造時期や個数には幅があるものの、他の43の都府県では数百基から

1、2基の前方後円墳が知られており、そのうち最多は千葉県の約720基

離島の対馬、壱岐、隠岐などにも存在する一方で、

これまでのところ淡路では存在が確認されていない

各地域で最後に建造された前方後円墳は

その時期にほとんど差がないことが判明している。

 

前方後円墳の起源

前方後円墳の起源については、これまでに様々な仮説が唱えられている。

最もよく知られているものは、弥生時代の墳墓から

独自に発展したものであるという学説である。

この説においては従来より存在した円形墳丘墓の

周濠を掘り残した陸橋部分(通路部分)で祭祀などが行われ、

その後この部分が墓(死の世界)と人間界を繋ぐ陸橋として

大型化し円墳と一体化したと考えられる。

 

それに対して円部は軍事・政治を担った男王

方部は祭祀を司った女王の墓に由来するという説もある。

 

ま と め

・日本最大の前方後円墳「仁徳天皇陵」を宮内庁、堺市共同で

10月に採掘調査を実施することを発表。

-歴史

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

12月12日は『漢字の日』。今年の漢字は「災」。2位は「平」3位は「終」。

その年の世相を漢字一文字で表す師走恒例の「今年の漢字」が12日発表され、 平成最後となる今年は「災」(サイ/わざわい)に決まった。 この日午後2時過ぎ、京都・清水寺で森清範貫主が縦150センチ、 横1 …